「中田雅久」の版間の差分

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1958年(昭和33年)8月、『[[マンハント]]』日本版の創刊
1958年(昭和33年)8月、『[[マンハント]]』日本版の創刊
1958年(昭和33年)、『[[裏窓]]』の臨時増刊号、日本のミステリ特集『[[耽奇小説]]』シリーズを編集<ref name="ex01">[http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20091119/1258559991 古本夜話10 『マンハント』編集長 中田雅久] </ref>。


1961年(昭和36年)、[[伊藤晴雨]]の葬儀に参列。他に[[高橋鐵]]、[[須磨利之]]、[[上田青柿郎]]など<ref name="kyosei">『巨星落ちたり-妖美画家 伊藤晴雨伝』[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4896677625?ie=UTF8&tag=iq05-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4896677625 美人乱舞:責め絵師伊藤晴雨頌](弓立社, 1997)</ref>。
1961年(昭和36年)、[[伊藤晴雨]]の葬儀に参列。他に[[高橋鐵]]、[[須磨利之]]、[[上田青柿郎]]など<ref name="kyosei">『巨星落ちたり-妖美画家 伊藤晴雨伝』[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4896677625?ie=UTF8&tag=iq05-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4896677625 美人乱舞:責め絵師伊藤晴雨頌](弓立社, 1997)</ref>。


1964年(昭和39年)、『[[マンハント]]』1月号で廃刊。この頃[[中田雅久]]は[[あまとりあ社]]を退社。河出書房新社に移る。


『[[裏窓]]』の臨時増刊号として、日本のミステリ特集『[[耽奇小説]]』を編集<ref name="ex01">[http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20091119/1258559991 古本夜話10 『マンハント』編集長 中田雅久] </ref>。
1969年(昭和44年)、7月創刊の[[三崎書房]]での『[[えろちか]]』のプランニングを最後に、出版界を去る<ref name="ex01"></ref>。
 
『[[マンハント]]』廃刊の後、[[あまとりあ社]]から河出書房新社。[[三崎書房]]での『[[えろちか]]』のプランニングを最後に、出版界を去る<ref name="ex01"></ref>。


==エピソード==
==エピソード==

2010年12月1日 (水) 21:19時点における版

なかた まさひさ、1922年(大正11年)-

活動内容

編集人。

別名

Masahisa Nakata

略歴

1922年(大正11年)、神戸に生まれる。

1940年代、博友社の浅井康男に誘われ同社入社。『新青年』の編集。

1950年(昭和25年)、『新青年』廃刊後、高橋鐵に誘われてあまとりあ社に入社。やがて『あまとりあ』の編集長。

1955年(昭和30年)8月、『あまとりあ』廃刊。

1958年(昭和33年)8月、『マンハント』日本版の創刊

1958年(昭和33年)、『裏窓』の臨時増刊号、日本のミステリ特集『耽奇小説』シリーズを編集[1]

1961年(昭和36年)、伊藤晴雨の葬儀に参列。他に高橋鐵須磨利之上田青柿郎など[2]

1964年(昭和39年)、『マンハント』1月号で廃刊。この頃中田雅久あまとりあ社を退社。河出書房新社に移る。

1969年(昭和44年)、7月創刊の三崎書房での『えろちか』のプランニングを最後に、出版界を去る[1]

エピソード

  • 松村喜雄や都筑道夫と交流。

作品

あまとりあ』 『マンハント』 『えろちか

脚注

  1. 1.0 1.1 古本夜話10 『マンハント』編集長 中田雅久 
  2. 『巨星落ちたり-妖美画家 伊藤晴雨伝』美人乱舞:責め絵師伊藤晴雨頌(弓立社, 1997)

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