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畔亭数久画伯による湯殿での黒髪遊びの絵。奇譚クラブ通刊第68号12ページ掲載

、19??年(昭和??年)-

概要

調教師、緊縛師、SM史研究家

乗馬を趣味とし、馬の調教に付いて研究。乗馬関連書籍を50冊以上、乗馬関連雑誌を数百冊所有しているらしい。

別名

english

略歴

1970年代、小学校でのいじめに付いて自殺も含めて深く考える過程で、いじめられる事に悦びを感じてしまう女生徒の話を聞いて性的興奮と背徳感を同時に感じていた。

1970年代後半、川遊びで偶然捕まえたメス蟹に抵抗され怪我をした仕返しにハサミと足を全て切断、全く抵抗出来なくなったメス蟹を見て性的に興奮しはじめ性器を執拗に悪戯し反応する様子を見て異様なまでの性的興奮を覚える。

1980年代、仕事で2年間船に乗り世界二十数ヵ国を船旅する過程で船乗り特有のロープワークを習得、老齢の船乗りから聞いた嵐で遭難した際の体験談を元に、嵐で遭難した際に浮遊物に人体をロープで長時間固定する方法に付いて深く考え、実際にロープを使って自分を船体に固定してみる。

1980年代後半、書店でマニア倶楽部を見て衝撃を受け購読、プライベートで実際にSMをしている人達が大勢居る事を知り、その影響もあって(SMとは無縁の性格をもった)当時の自分の彼女に調教を試すが失敗し、別れてしまう。

1980年代後半、バイク仲間と馬力に付いて討論した延長で1馬力を体験する為に乗馬を試すが、そのまま嵌ってしまい乗馬を本格的に始め、馬の調教に付いて本格的に学び実践・騎乗する課程で、それまで漠然としていたM女の調教に付いて深く考える様になり、自分なりにM女の調教とは何かを明確に定義する。

1990年代前半、懲りずに(SMとは無縁の性格をもった)当時の彼女に調教を試すが再度失敗し別れ、SMクラブに通ってM嬢がMに成ったキッカケを聞いて回り、どうやってM女が出来上がってゆくのか自分なりに結論を見付ける。

1990年代中頃、M女と付き合い始め同棲し連日連夜緊縛に明け暮れ、乗馬鞭を乗馬とは別の目的で使い始める。この頃になってようやくAV映像なども含め芝居と本イキの区別が付く様になる。同時にSM雑誌に掲載されている個々の投稿記事が捏造か真実かに付いて考える様になるが、最終的にはAV映像の芝居と同じくエンターテイメントとして解釈する様になる。

2000年代前半、学生時代に映像放送部で学んだ知識を生かし己が施している調教の撮影を試みるも、撮影に集中すると調教が疎かになり、逆もしかり、M女のスイッチが入る縛りと、見映えの良い縛りが必ずしもイコールではない事にようやく気付く。

2000年代中頃、心理学、主にNLPを学ぶ。

2011年頃、この頃から六本木のSMバー等で時々人前で緊縛をする様になる。

2013年、奇譚クラブに嵌り収集。真実かエンターテイメントかは別として、SM投稿記事にも時代によって流れが有る事にようやく気付く。SMpediaの編集に参加し奇譚クラブの別冊・増刊号美しき縛しめその後の奇譚クラブマニア倶楽部などのページを記載する。

エピソード

代表作

引用文献

注釈

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